普段はお客様をご案内する立場ですが、今回は完全なお一人様ツアーとして真田幸村の終焉の地をご紹介します。
今更ながら、Amazonプライムが無料期間中に初めて大河ドラマ「真田丸」全50話を1週間で一気見しました。結果が分かっているだけに最終話を見るのは勇気がいりましたが、見終えた今はすっかり「真田丸ロス」です(笑)
10年前の放送当時は新神戸で一人暮らしを始めたばかりで歴史に興味がなかった私が、まさかここまで大ハマりするとは……。
幸村最後の地・安居神社と一心寺・存牟堂(ぞんむどう)
先日、天王寺で友人とランチを済ませた後、小雨が降るなか一人で安居神社や茶臼山の頂上、そして「大坂夏の陣図屏風」が展示されている一心寺・存牟堂へ足を運びました。館内には警備員さんがお一人いるだけで、ほぼ貸し切り状態。休憩所や散策案内書も完備されており、静かにゆっくりと見学することができました。
続いて訪れた安居神社は、「大坂夏の陣」で家康を窮地に追い詰めた幸村が、敗れて流れ着いた場所です。境内の木にもたれて傷を癒していたところ、越前松平家の西尾宗次に見つかり、「この首を手柄にされよ」と自ら首を差し出したと伝わっています。近年の研究では諸説あるようですが、いずれにしても、悲願を果たせずここで最期を迎えた幸村の無念を思うと、なんともやりきれない気持ちになります。

六文銭になぞらえて硬貨が置かれてる幸村像
茶臼山頂上で歴史のロマンに浸る
「冬の陣」では徳川家康が、「夏の陣」では真田幸村が本陣を構えた茶臼山。ついにその頂に立つことができ、ひとつの達成感を味わいました。
敷地内にある幸村の名言ボードを眺めながら、かつてこの地で彼は何を想っていたのか、歴史のロマンに強く引き込まれます。凡人の私なら、家康からの調略にあっさりと応じて生き延びる道を選んでいただろう……そう思うと、幸村の誇り高い生き様がいかに特別なものであったかを痛感します。
歴史に「もしも」はありません。しかし、もし「夏の陣」で幸村が家康を討ち取っていたら、徳川の世は来ず、豊臣の天下が続いていたかもしれません。
激動の時代に消え去った一人の武将が、400年後の現代でも愛され、語り継がれる理由。それは、敗戦を悟りながらも豊臣家への忠義を貫き通したその生き様が、まさに「日本一(ひのもといち)の兵」と呼ばれるにふさわしい輝きを放っているからではないでしょうか。

茶臼山の頂上には、真田家と徳川家の家紋が刻印されている
